生豆を粉砕してから焙煎してみた

先日とある定食屋にてコロッケ定食を注文したところ、マスターがコロッケにつける衣用のパン粉を
フライパンで乾煎りしているのを見て、落雷のような衝撃と圧倒的な閃きが脳内を駆け巡りました。
『コーヒー生豆も粉砕してから、焙煎すればいいじゃないか!』
なぜこれまでこの発想に至らなかったのか!?これはコーヒー業界に革命を起こすかもしれぬ!
と興奮をおさえられない私は、乾煎り工程によってザクっと仕上がったコロッケを堪能しながら、
妄想を膨らませました。実際に生豆を粉砕して焙煎してみた結果について記録しました。
メリット・デメリットを考えてみた
一応私もコーヒー関連の仕事に従事してはや20年。全くのド素人ではないという自負はあり、
私が思いつくレベルの発想ならなぜこれまでにこの方法が行われていないのか? を
実際に粉砕してから焙煎を行う前にメリット・デメリットを考えてみました。
メリット
・焙煎が容易になる 生豆1粒の大きさに熱を与えるよりも、細かく砕いた状態で熱を与えたほうが均一に熱が伝わるのではないか
・焙煎のスピードアップ 粉砕することで熱を与える表面積が大きくなるので、焙煎の進行が早まり、一回の焙煎にかける時間が短くなるのでは
・エネルギーコストの減少
時間が短くなるということはそこにかけるエネルギーコストも少なくなるのでは
・粉砕しなくていい! 焙煎後に粉砕しなくていいので、焙煎豆を粉砕する際に機械や方法によって発生する熱を気にしなくても良い
このなかでも使用するエネルギー量が減るのは、エネルギーコストの上昇が著しい昨今ではかなり有用ではないかと考えました。
デメリット
・生豆の粉砕が難しい
一定の固さと水分値をもつコーヒー生豆を均一に粉砕するのは難しいのでは・・・・
・焙煎後の劣化速度
豆に比べてガスの放出も早いのでかなり劣化速度が速くなるのでは・・・
この生豆の粉砕にはかなり難儀しそうな予感がしてましたが、『生豆を粉砕してから焙煎しないのはなぜ?』という明確な理由を説明できるようになるためには実験あるのみということで、まずは生豆を粉砕してみることとしました。
粉砕する生豆と粉砕機を選定
おそらく鬼門となる本工程において、使用する生豆と機械を選定。
使用生豆は中米産の800mクラスの水洗式生豆(フリーウオッシュド)。ナチュラル(非水洗式)ではなくウォッシュド(水洗式)にしたのは、固い未成熟豆を粉砕するのを避けたかったためです。また高地産(1,000m越え)のコーヒーだと生豆自体が固い印象があるので、生産標高が800m程のものにしました。
※生産標高が高いコーヒーは昼夜の寒暖差が大きく、その厳しい環境に負けまいと細胞を増やすため固くなり、良質なコーヒーになると考えています。

使用する粉砕機は弊社が大変お世話になっているカリタ様の『ハイパワーミル』です。フラットカッター式のミルで100Vの機械です。長年愛用しているので刃も摩耗しており商品加工用としては使用していないこと、100vなのに名前通りパワーがあること、
過負荷時にストップする機能があることから、本機を使用することとしました。

おそるおそる粉砕
以前よりこのミルでは一度粉砕したコーヒーを再度粉砕してみたり、焙煎したアーモンドを粉砕してみたり、と用途以外での使用をしているので、申し訳ない気持ちのまま電源を入れました。粉砕粒度を細かくすると粉砕時にそれだけのパワーが必要になり
負荷がかかりそうだったので、粒度設定は最も粗い状態で粉砕を行うこととしました。
※ちなみに焙煎後のアーモンドを粉砕した時はドロッドロのアーモンドペーストが排出され、 粉砕途中で排出口にアーモンドペーストが滞留して刃がまわらなくなり、ロックしました。カリタのデキる営業マンに見せたところ『我が社はコーヒーマシンの販売会社です』と一蹴されました。デキる。
おそるおそる生豆を1粒だけ投入してみると、意外にもアッサリと粉砕できました。しばらく1粒ずつ粉砕していたのですが、明らかに粒度はバラバラ。これは粒度設定や機械の粉砕能力というよりは12%程の水分値を持った生豆独特の固さに起因するものと
考えます。(そもそも焙煎したコーヒーを粉砕する機械だからそりゃそうなるか・・・)

1粒ずつ粉砕していると時間がかかりすぎるので、大胆に3,4粒一気に放り込んでみると、ガガッ!といや~な音をたてながらもなんとか粉砕できている。
さらに大量の生豆を放り込んでみると『ガガガッ!ギギッ!ギッ!ギ・・・・(機械音翻訳
「オィ!さっきからナニをいれとんや!あんまムチャしたらあきまへ・・・・」)』という悲鳴にも似た異音を叫びながら動かなくなりました。
復旧ボタンを押すと、機械は作動したのでドSな私は再び生豆を投入。一応粉砕はできますが連続して数粒ずつ粉砕していると負荷がかかって停止してしまいます。過負荷による停止を何度もしていると、機械内部のコンデンサが故障してしまう可能性があるので120g準備した生豆は78gまでしか粉砕できませんでした。
サンプルロースターで焙煎するときと同じ数量で焙煎したほうが、データとして比較しやすいと思ったのですが、カリタ様の機械を壊してまでやることでもないと開き直りここは妥協。

焙煎してみた
一応粉砕はできたので、次は焙煎にとりかかります。焙煎に使用する機械はPROBAT社サンプルロースター。親の顔より見たこの信頼のおける焙煎機ではs、生豆120gを200℃で投入すれば12分で2ハゼを迎えるような設定に調整しています。

いつもであればここで焙煎機に『生豆を投入します』と言うのですが、コーヒー生豆を粉砕した物体に呼称が無いことに気づきました。コーヒー粉といえば
焙煎したコーヒーのことを指しますので、『生コーヒー粉?』または『コーヒー生粉?』というネーミングについて5分ほど検討しましたが、考えても答えはでないので一時的にネーミングについて考えるのをやめることでこの問題を解決しました。
ここからは投入後30秒ごとの経過をごらんください。まずは2:00までの経過です。

コーヒー生豆を焙煎する時であれば、4分ほどかけて上記の2:00ほどの色合いになるのですが、明らかに焙煎の進行が速いのがなんとなくお判りいただけるかと思います。テストスプーンが汚いのは御愛嬌。

3:30の色合いであれば生豆を焙煎した時に1ハゼが発生しているぐらいの色合いだと思います。おそらく無いだろうなと考えていましたが、生豆粉体焙煎時にはハゼは発生しませんでした。
ハゼとは焙煎の進行によって内部にある水蒸気やガスが逃げ場を失い、内圧が高まった結果パチッ!という破裂音とともに、破裂(ヒビが入る)することを言いますが、粉の状態ではすぐ外部に放出されるためか、ハゼはありませんでした。
4:00の時点ですでにコーヒーとして飲用できそうな焙煎度合になっています。テストスプーン(ry

4:30-6:00です。6:00時点で生豆焙煎時であれば2ハゼしたかな?という色合いになっています。生豆焙煎時だと6:00ではまだコーヒーとしての飲用は難しいライトロースト未満の状態なのですが、同じ時間をかけてこれだけの違いがでているので、焙煎の進行が速いつまりは業務効率がよくなり、エネルギーコストが減少することが立証された!ヌハハァ! と思っていた時期が私にもありました。

6:30-8:00です。この時点で生豆焙煎時とは異なる香りが漂っていました。前職ではコーヒーだけではなく、お茶も販売していたのですが、工場でほうじ茶を製造している際に感じたような燻り臭(スモーキーさ)を感じるようになりました。
生豆焙煎時だと12分で2ハゼという私なりの指標があるので、これにあわせて12分まで焙煎するつもりでしたが、あまりに普段感じることが無い香りがするので、なんかこれはヤバそう!と思いここで焙煎を終了しました。
飲んでみる
粒度の問題、燻り臭の問題はあったが、何とか焙煎することはできた。あとは飲んでみて美味しければ説は立証される。焙煎直後のコーヒーはガスを放出し続けており、十分な抽出ができないのでエージング期間として1日置いて試飲することとした。
抽出は安心と信頼のカリタ製ドリッパーで20gの粉を使用することとした。この写真で見るとそうでもないのですが、とても粗いので抽出できるのか心配。

わかりづらくて申し訳ないのですが、以下画像は抽出時のものです。ご覧ください。沸騰したての熱湯を注いでいるにも関わらずこの膨らみの無さ。抽出液の薄さ。
右側の画像は抽出完了後の粉ですが、膨らんだ形跡がないのがおわかりいただけると思います。
ガスの放出は一切感じられず、焙煎時にガスもなくなってしまったか?と感じるほど。右の画像は抽出後の画像です。パッと見はドライなのですが、よくみるとウェットの状態です。

この膨らみの無さが『粒度の粗さによるもの』なのか『粉砕してから焙煎したから』なのかを
実証するために、通常焙煎したコーヒーを同じ粒度設定で粉砕し注湯したところ、上記の画像より
膨らんだことから、この膨らみの無さは『粉砕してから焙煎したから』という結論に至りました。
この時点で燻り臭くて薄~い味わいなんだろうな・・・と思っていましたが、飲んでみた結果、残念ながらコーヒーらしさが感じられませんでした。濃いめのほうじ茶?タンポポコーヒー?みたいな味わいで、口に含んだ時にコーヒーらしい濃厚感は感じるのですが、後口に苦味やコクを一切感じることができません。長時間焙煎しすぎたスッカスカな味わいです。
焙煎が長すぎたのか?と思い、再度生豆を粉砕して6:00ぐらいで焙煎してみましたが、燻り臭さが残り、すっぽ抜けた味わいになってしまう結論は変わりませんでした。
ここで記載する必要はないのですが、『コーヒー』という商品名を用いる場合は、アカネ科コフィア属コーヒーノキから生産されたコーヒーの実からとれたものを用いた場合です。他植物の根っこを焙煎したものを○○○コーヒーと総称するのはけしからん!と考えています。
結論
実際に生豆を粉砕、焙煎、抽出、試飲してみましたが、当初考えていた内容から以下のように考えを改めることとなりました。
焙煎時間は早くなるが、コントロールできない
確かに焙煎の進行速度は速いが、6:00の焙煎時間でもコーヒーらしい風味がなく、燻り臭が感じられたので、焙煎はもっと早くする必要があるのではないか?
その場合は表現したい風味や焙煎度合にしたいと思ってもコンマ0秒単位で焙煎時間をコントロールする必要があるので、味づくりの観点からみると相当焙煎が難しそう。
もしくは焙煎をもっとゆっくりにして、排気をコントロールすれば燻り臭の問題はなくなるのかもしれないが、時間の短縮とエネルギーコストの減少というメリットからは遠ざかる。
エネルギーコストの減少
焙煎時間はかなり短くなるので、適正な焙煎さえできればコストは削減できるかもしれない。
生豆の粉砕が難しい
高性能なロールグラインダー等を用いれば、一定の粒度で粉砕ができるのかもしれないが一定の水分値を含んだ生豆の粉砕はとても難しい。焙煎に関してはもっと研究すれば適正な焙煎ができるかもしれません。
実際にやってみてメリット・デメリットを考えてみましたが、生豆を粉砕して焙煎してみたが最終製品状態が粉であるため劣化速度の上昇というデメリットが生豆粉体焙煎によるメリットをはるかに上回る!
という結論に至りました。今思うとなぜこれが最初に浮かばなかったのか過去の自分に問いたい。
コーヒー生豆の持つ風味を引き出す焙煎を行い、長期にわたって良い品質でお召し上がりいただける
シェルライフ(品質保持性)の長いコーヒーを提供するには、生豆の状態で焙煎するのが一番という
結論がでたところでこの検証を終了とさせていただきます。
こういった実験をしている人がいないかな~と思い、検索してみると
『コーヒー生豆を焙煎せずに飲んでみた』
という発想の遥かナナメ上を行く天才がいらっしゃいましたのでおヒマな方はググってみてください。ここまでご覧いただきありがとうございます。
投稿者プロフィール|Author profile

- 西埜元成営業部 部長
-
アラブ珈琲株式会社の西埜元成(にしのもとしげ)と申します。
高校生の頃からコーヒーに関わる仕事を始めて早20年。
焙煎豆の挽き売り、生豆商社での経験を活かして生豆販売、
焙煎豆商品の商品設計、焙煎豆製品の製造管理、
自家焙煎店への生豆販売や焙煎サポート 等々コーヒーに関係する
業務に従事しております。
コーヒーに関係する質問や、お店の開店、焙煎方法等で質問ございましたら、遠慮なくご連絡ください。





